ポール・マッカートニー、追っかけレポート by Jash
2002年5月3日から5月8日にかけて、アメリカ旅行へ行ってきましたので、思い出として、このページを綴らせていただきます。
今回の旅行の目的は、もちろん、ポール・マッカートニーのライブを生まれて初めて生で体験すること! これだけのポール・マッカートニー・ファン(マニア? おたく?)でありながら、過去ビートルズ時代を含めて3度の来日公演を行っているポールを生で体験したことはなかったのでした。
ポールがニューアルバム「Driving Rain」を引っさげてアメリカでコンサートツアーをするということと、今回のツアーでは日本公演は予定されていないということで、アメリカまでポールのコンサートを体験しようと決心しました。
渡米前に、自身のバンド「Flying Horses」の東京でのライブがあったので、今回の旅行の日程は以下のようになったのでした。
5月3日 |
朝 大阪出発 → 東京でトリビュートライブ |
5月4日 |
夕方 成田空港出発 → 昼 ロサンジェルス到着、 晩 ポールのライブ鑑賞(The
Staple Center) |
5月5日 |
晩 ポールのライブ鑑賞(Arrowhead
Pond of Anaheim) |
5月6日 |
ロサンジェルスで自由行動 |
5月7日 |
昼 ロサンジェルス出発 |
5月8日 |
夕方 成田空港着 → 大阪へ帰阪 |
それでは、1日毎に、順番にレポートを加えていきたいと思います。
(1) ツアー出発前夜祭:2002年5月3日(祝) WINGSFAN
- A Tribute Live for Paul McCartney and WINGS – |
世界初! ポール・マッカートニー&ウィングスのトリビュート・ライブ!
私は、1年ほど前から”FLYING
HORSES”というウィングスの曲のみを演奏するバンドを組んで、関西地方で活動を行ってきたのです。ビートルズ関係のライブ・イベントによく顔を出すものの、ウィングスだけをコピーするバンドなんて見たことがなかったので、我々が恐らく世界でただ一つ(宇宙でただ一つ?)のウィングス・バンドだと豪語してきたのでした。
ところが、昨年の夏頃に東京に在住する友人から、東京でもウィングスだけをコピーするバンドがあると教えてもらい、そのバンド”WINKS”のメンバーの方々と連絡を取り始めたのです。お互い「ウィングス・おたく」であることと、ウィングスをコピーしているのが珍しいことか意気投合し、全国のウィングス・コピーを集めて、トリビュート・ライブ「WINGSFAN」を行おうという運びとなり、横浜の”ROSEHIP”にも参加していただき、東京でライブを行ったのです。
この、おそらく世界で初と思われる「WINGSFAN」は大変な盛り上がりを見せ、好評のうちに幕を閉じたのでした。
詳しいレポートは、Flying Horsesのページの「Live
Histories」をご覧下さい。
トリビュート・ライブの日程は5月3日と決めた後に、ポールのツアー日程の詳細が明らかになり、”WINKS”のボーカルの宮川祐一さんと、ザ・ビートルズ・クラブ主催の鑑賞ツアーに参加することになり、偶然にも、鑑賞ツアー出発前日にこのトリビュート・ライブを行うことになったのです。
(2) 2002年5月4日(祝) カリフォルニア州 ロサンジェルス The Staples Center, Los Angels, CA |
“Driving
Rain”レコーディング地の凱旋(?)ライブ
前日のトリビュート・ライブの興奮冷めやらぬままに、鑑賞ツアーの出発となりました。今回はファン・クラブ主催のツアーに参加したので、かなりのポール好きの人が参加していると思ったら、その通り。このファン・クラブはポールのツアー毎に鑑賞旅行を企画しているらしく、常連さんもいました。前回93年のオーストラリア・ツアー鑑賞旅行では、あの財津和夫さんが一般客に混じって参加していたとのこと。お陰様で、ツアー中に他の参加者といろいろと話が出来、思い出に華を添えることができました。
出発の成田空港の受付ロビーに付くと、飛行機チケットの受領、荷物チェック等と同時に、なんとコンサートチケットの抽選がありました。今回のツアーは参加者が17名(1日前に既にロサンゼルスに出発しているグループと合わせると、総勢31人)で、アリーナ目の前のブロックを確保しているものの、チケットによって席にばらつきがあるとのこと。
ここは、初ポール体験である私に抽選してほしいと宮川さんから言われ、何も考えずにくじを引くと、なんとアリーナ前から3列目を確保! この時点で興奮は最高潮に達し、空港の綺麗なスチュワーデスの方も全く目に入らなくなってしまいました(笑)。
いよいよロスへ向けて出発! 飛行機内もずっと興奮状態で、フライト中一睡もできませんでした。
8時間のフライトを経て、やっとロサンジェルスに到着。今回の鑑賞ツアーは、4日の”The Staple Center”のチケットしか付いておらず、次の5日”Arrowhead The Pond of Anaheim”は自分で押さえないといけないので、私は日本でインターネットで押さえたました。
到着後、5日のチケットを持っていないツアー参加者が、ロス市内のチケット屋に行って、5日のチケットを探すとのことなので、後ろに付いて行くことにしました。ホテル”Wilshire Grand”内のチケット屋では、案の定、ポールのチケットは扱っていなかった! 別のツアー参加者が自分の持っているチケットがどれくらいで売れるが訪ねたところ、定価で買い取ってくれるとのこと。やっぱり、ポールのコンサートは人気なんですね。
今回のロスでの宿泊ホテルは”Millenium Biltmore”。ビートルズも1965年のツアー中に泊まったホテルだそうです。
ホテルに到着後、興奮状態で機内で寝られなかったので、しばらく仮眠。それからコンサート会場に向かいました。
“Driving USA Tour”のコンサートでは、入り口の荷物チェックがかなり厳しいと出発前から聞いていたのですが、「コンサートの一生の思い出」という理由を正当化し、カメラとMDを持ち込もうと企み、大きな鞄は持って入れないとのことなので、わざわざ小さい鞄を用意し、その中にブツを入れて潜入しようと試みたのです。ボディーチェック、金属探知器は通過したものの、小さな鞄を開けられ、袋で三重に包んでいたカメラ、MDを発見されてしまいました! 最初は”カメラ・MDを車の中に置いて来い!”と言われたものの、”路線バスで来た”と言って英語が分からないふり(本当に英語が分からなかったんですが)をしていると、別室のクロークに連れて行かれ、ここにカメラ等を預けろとのこと。移動の間にこっそりと宮川さんにMDを渡したので、思い出は無事に残りました(笑)。
会場まで時間があったので、会場内のグッズ売り場で、ツアーグッズを買いまくりました。ここは会場内でしかグッズを売っていなかったようです。
さてさて、会場の席に着席。ツアー添乗員によると、この席は10万円相当とのこと。今回の鑑賞ツアーがかなり高かったので、それくらい払っているのでしょう。しかし、周りのオーディエンスの雰囲気が全く違って、アメリカの富豪と美女、中国人系の富豪と思われる人たちが、VIPパスを首からぶら下げて座っていました。当日は、ブライアン・ウィルソン、ジェフ・リン、ジェフ・エメリック、デニー・サイウェル(元ウイングス)、ジャック・ニコルソン、シルベスタ・スタローン、トム・クルーズ等が見に来ていたようです。近くに座っていたのかな? 全く気が付かなかった!!
開始予定時間の20時より約30分遅れて、プレショーのスタート。やはり前から3列目は全く違います! 途中、中国人風のアクターが、一番前に座っているオーディエンスのビールを取り上げ、舞台の上で飲むアドリブ(?)を披露していました。この中国人アクターの剣の舞の剣を振りかざす生音まで聞こえる! ポールが目の前に立つことを考えると、もうこの時点で興奮状態はピークに達しました。
いよいよポールの登場です! 初めて見る生ポール! 5月3日の”Welcome-back”で歌う宮川さんを客席から見るよりも近い! ステージと観客の間に行き来するテレビカメラのモニターまで見え、ポールの指先、目線ももちろん見ることが出来ました! でも、ポールの顔のシワも沢山見えてしまったんだけどね(笑)。
興奮状態でポールの動きはほとんど覚えていないですが、覚えている限り記しておきます。
まず、声はよく出ていました。でも、若いときのポールはリズムに乗ってよく体を動かしたりするのですが、今回のコンサートでは、それがあまりなかった・・・・。やはり年なのかな?
「Hello
Goodbye」で、ゆっくりと体を揺らすポールが妙に印象的でした。「Jet」では、”Jet”のかけ声に合わせて、右手を上に掲げ、”Oh,
she said”で映画『Rock
Show』と同じように招き猫のような振りをしていました。「Jet」が終わった後にやっと”Hello!
Los Angels!”と挨拶。続いて「All
My Loving 」を演奏したあと、ポールはヘフナーからレスポールに持ち替え、”ツアーをしていない時の曲ってなかなかライブで演奏しないけど、次の曲も今まではツアーで演奏したことないんだ”と言って「Getting
Better」を演奏。
それからすぐにヘフナーに持ち替え「Coming
Up」を演奏。”Like
a flower”の歌詞のところを今までのツアーと違ってオリジナル通りに歌い、エンディングのサビが1回少ないバージョンでした。またレスポールに持ち替え「Let
Me Roll It」を演奏。前回のツアー演奏に比べてエンディングが1回多いオリジナル通りのバージョン。最後の繰り返しの前にポールが少しだけギターソロを披露し、会場は大興奮! この曲の後にポールはジャケットを脱ぎ、ギターのラスティーがエロティックなメロディーを奏でていました(即興?)。ポールはまたヘフナーに持ち替え。ローディーが忙しそうに舞台を走り回っていました。
なお、今回のバンドの特徴とも言えるのが、ポールがMCを終わるくらいに、ドラムがハイハットを踏んでならして、カウントを取ることです。
続いて、ニューアルバムから「Lonely Road」を演奏。その次の「Driving Rain」の前では、”去年ロスをドライブしていたときに出来た曲”と詳しく説明し、ロスの有名なお店を例示して会場のウケを取っていました。でもこの曲が始まると、会場のオーディエンスは座り始め、立っているのは我々日本人のツアーのメンバーと、前の方の数名だけ。何故? 私は立っていたんですけどね。
この曲が終わると、ドラムのエイブにMCを託し、ピアノに移動し、”今日会場に来ているフィアンセに捧げます”と言って「Your Loving Flame」を演奏。今日もヘザーが来ていたんですね。バックのスクリーンには最新のプロモビデオが流れていました。今回のツアーでは、ポールがピアノに移る前に、バンドメンバーを紹介してMCを託しているようです。
次からはポールのソロコーナーです。アコースティック・ギターの生音まで聞こえる! 感動です! 後にセットリストを見ると、ソロコーナーが相当長いように思うのですが、あっと言う間でした。ポールのギターの弾き方に注目してみると、「Blackbird」では、なんと一弦を使っているではないですか! 今まで、ポールは一弦を使わずに、右手の指をいっぱいに広げて演奏していると聞いていたんですが、これで安心。
「Every
Night」
「We Can Work It Out」では、ポールに聞こえるように私がハモって歌いましたが、効果なし(笑)。「We
Can Work It Out」の前では、ポール得意のフェイントで”Johnny
was walking down the street♪”を歌う。何の歌でしょう? 「Mother
Nature's Sun」ではヘルプとしてキーボードのPaul Wix Wickensがアコーディオンで参加。その次の「Vanilla
Sky」では、間奏の笛の音が聞こえました。ステージには笛を吹いている人がいないのに、何故?
ここからは、オープニング・アクトにも出てきた筋肉ムキムキマン(?)が前のツアーでも使っていた通称マジック・ピアノを運びこんで来て、ポールのピアノ弾き語りコーナーの始まり。「You Never Give Me Your Money〜Carry That Weight」の例の替え歌(歌詞を忘れたけど、ツアーの終わり頃には思い出しているでしょうと歌うやつです)は相変わらず会場のウケを誘う。「The Fool On The Hill」の前では、マジックピアノで幻想的な音色をだし、マッサージの話を始め、ここでツアーで東京に行った時ホテルで受けたマッサージの話を始めます。
実は日本を経つ前に友人から、「”When I was in Tokyo, ・・・”とポールが言って大声で叫んだら、ポールが”It’s not you!”と言ってくれる」と聞いていたのですが、興奮状態で、”Tokyo・・・”って言っても反応できませんでした・・・。ポールは”When I was in Tokyo, ・・・not that time!”と言って会場のウケを取っていたみたいですが。
再びアコースティックギターに持ち替えて、”ジョンに拍手を!”と言って会場が盛り上がる。「Here Today」では、サビの”still remember how it was〜”のところのFコードをCコードに弾き間違えていました。”but we could always sing〜”のところでは会場から歓声が。その次のジョージへのトリビュート「Something」では、会場後方から手拍子が聞こえていました。ジョージへの思いに浸っていると、いきなり「Eleanor Rigby」が始まり、『Give My Regards To Broad Street』に近いアレンジ。
ソロコーナーが終わり、通常のバンド形態に戻る。オーディエンスもしばらくは座って聴いていました(私は立って聴いていました)が、「Band On The Run」からは再び興奮状態に。心なしテンポが速い感じがするのだが・・・。間奏のところでは、映画『Get Back』と同じように、リズムに合わせて足踏みをすることも! 「Back In The USSR」では完全にダンスホール状態と化していました。「Maybe I’m Amazed」はオリジナルに近い歌い方とギター・ソロになっていました。「C Moon」を演奏し終わったあと、ポールは一生懸命、このタイトルの意味を身振り手振りで説明していました。「C Moon」は、「もの分かりがいい人」の意味です。 これは、歌詞にも出てくる「L Seven」の反対を意味するらしく、「L」と「7」を組み合わせると「□」になり、「四角四面な人」という意味です。 で、「C」と三日月を足すと、「○」になるので、「□」の反対、という訳です。となりの宮川さんが納得しているのが印象的です。「My Love」の前では、はっきりと”リンダに捧げた曲です!”と言っていました。いつもとは違い、ポールが高音域のピアノを弾くのが印象的。
「Can’t Buy Me Love」が終わった後は、”2,3年前に書いた曲でした。”とのMC。「Freedom」が終わり、 「Live And Let Die」の前では、ロサンゼルス出身のギター&ベースのブライアン・レッグが紹介され、”私のホームタウンでロックできて嬉しいです!”というと、観客から歓声が。お馴染みのマグネシウム&花火の炸裂! 前の方の席では、くると分かっていながらも、やはり炸裂音には驚いてしまいます。
「Let It Be」を経て、あっという間に本編最後の「Hey Jude」へ。マジック・ピアノが再び登場。こころなし最後のリフレインの部分の繰り返しが少なかったかな? いつものように、”女の人だけ”、”男の人だけ”と言ってコーラスを促していました。
2〜3分の間の後、1回目のアンコールのために、再びバンド・メンバーが出てきました。ここで私と宮川さんは、他の鑑賞ツアーの方から、前でいるなら是非掲げて欲しいと言われ預かってきた”Paul,
Please come back to Japan!”というボードを大きく掲げました。けど、ポールは全く気づかず(涙)。「The
Long And Winding Road」は何故か演奏が走っているぞ。ポールのピアノも、高音域のアドリブをふんだんに取り入れていました。
「Lady Madonna」を演奏した後、”もっとエネルギーが残っているだろ?”と言って、「I
Saw Her Standing There」を演奏。ポールがヘフナーを最初はダウンストロークばかりで弾いていたけど、すぐにオルタネイトになっていました。ポールの音楽を演奏する者にとって、ポールを間近で見られるのは、楽器の弾き方勉強にもなって、大変為になります。
この後、また2分後くらいに出てきて、2回目のアンコールの開始。しかし、ポールってステージに再び出てくるのが早くないかい? ここで、私と宮川さんは、再び例のボードを掲げた! 今回はポールも気づいてくれて、ちょっとニコっとしていました。ポールが見てくれたと喜んでいるのもつかの間、今回は警備員がすぐに飛んできて、”おいおまえら、ひっこめないと、つまみ出すぞ!(Pick you out!)”と言われてしまいました。
そんなことがあったけど、あっという間に「Yesterday」 「Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band / The End」と最後の曲。後ろの客も”Paul! This is LA!”と言って、帰らないでと言っていました。”The End”が終わったあと、ポールが会場の左右のスタンドの客に手を振ると、またまた会場は大盛り上がり! ステージに引っ込む前に、ポールがウィンクをしたのですが、目線が自分の方に向いていたので、まるで自分にウィンクされているような気分で、59歳のおじさんの目線にクラっと来てしまいました・・・。
コンサート終了後、カメラを取りに帰ると、長蛇の列。クロークには、かなりの数のカメラやMDがありました。みんな持ち込もうとしていて見つかってしまったんですね。ツアー・グッズ売り場もまだ長蛇の列でした。
コンサート会場の外に出ると、ブートTシャツが10ドルで売られていました。会場の目の前の通りを渡ろうとすると、曇りガラスを張ったリムジンが5台、目の前を通り過ぎていきました。ひょっとしてこの中にポールがいたのかな?
当日の晩、テレビでは、地元ロスの放送曲が、「Getting Better」を完全版で放送したようです。見逃してしまって残念!
2002年5月5日(土) カリフォルニア州 アナハイム Arrowhead Pond of Anaheim, Anaheim, CA |
ディズニーランドの町、アナハイム
アナハイムは、ロサンジェルスから車で約1時間の町で、ディズニー・ランドがあることで有名です。この日はそのディズニーランドから数kmのところの”Arrowhead Pond of Anaheim”でコンサートです。
コンサート開始の20時まで時間があったので、私と宮川さんは、普通のロス観光に出かけることにしました。ビートルズに関連するところも見たかったので、Hollywoodに行ったついでに、かの”Hollywood Bowl”を見に行きました。イベントがない時は自由に出入りができるということなので、不覚にも誰もいないステージに上がって、一人でよろこんでしまいました。ホールを出たところにはお土産屋もあるので、Hollywood観光の際には、是非とも立ち寄って見てください。
ハリウッド・ボウルです。客席の上段に上ると、お馴染み「Hollywood」という文字が見えます。 |
ハリウッド・ボウルのステージから。 |
ハリウッドにある"Capital Records"です |
さて、ロス市内観光も終わったところで、夕方にロスを出発し、アナハイムに到着。今日のチケットは、ファン・クラブの鑑賞ツアーには付いていなかったので、日本でインターネット経由で押さえました。発売開始から約10分後に取れたのですが、昨日とはうって変わって、スタンド4階席の後ろから2列目。でも2日間で同じコンサートをこんなにも違う席で見るのは初めてで、別の角度から楽しむことが出来ました。
今日のコンサート会場では、会場の外でもツアー・グッズが売られていました。しかも、荷物のチェックも、ハンディー・タイプの金属探知器に通すだけ。昨日の反省もあってカメラは持ち込まなかったものの、お陰様でMDは持ち込みに成功。しかし、録音には失敗しました・・・(涙)。
実はこの会場には入り口が2種類あり、スタジオの2階席と3階席の間にある”Med Club”と言われる個室も解放されていて、この個室の中からコンサートを見ることができたようです。まあ、大阪ドームでも個室の”ビスタルーム”がコンサート時も解放されているので、同じことなのかな?
この後ろから2列目という席もおもしろかった! 昨日はVIP席だったので、周りは今まで体験したことのない異様な雰囲気だったけど、今日の席の周りは、一般的なアメリカ人ばっかり。ビールを片手に大声で親父ギャグをかまして周りのウケを取るおっさんがいて、思わず笑ってしまうと、こっちに振り向いて”おもしろかっただろ?”
この日も予定より30分遅れて、20時30分頃からプレショーのスタート。この日のポールは白のジャケットに、赤のシャツ! 白いジャケットが目立つこと。
今日の演奏の内容は、全く昨日と同じ。後半、ちょっと声がきついなと思った箇所もありましたが、すぐに持ち直して歌っていました。59歳のポール、恐るべし! です。また、昨日のロス公演よりも観客が盛り上がっていたので、ポールも終始上機嫌でした。
「Let Me Roll It」間奏でのポールのリード・ギターは昨日と全く同じ。この曲の後、白のジャケットを脱ぎで、ギターのラスティーがエロティックなメロディーを弾いていました。「Your Loving Flame」では、前日と同じようにに”観客にいるフィアンセに捧げます!”今日もヘザーは見に来ているんですね。「We Can Work It Out」では、なんと歌詞を間違って、”Only time will tell if ・・・”を”You can get it wrong and still ・・・”と歌って、ポールもにっこり。「The Fool On The Hill」の前では前日と同じマッサージの話があり、”When I was in Tokyo, ・・・not that time!”と言うと、会場が大盛り上がりで、2分間くらい歓声が絶えず、ポールもしばらく話すことが出来ずに、ちょっと困った顔をしていました。「Here Today」の前で”ジョンに拍手を!”と言うと、ここでも大歓声。「Something」の前に”これはジョージにもらったギブソンのウクレレなんだ。かなりいいやつだよ”と言って、演奏が始まると、観客全員が手拍子を行い、20,000人収容のホールながら、アット・ホームな雰囲気に包まれました。「Maybe I’m Amazed」では声の調子がいいのか、前日には披露しなかったが間奏はライブ盤『Tripping The Live Fantastic!!!』に収められているようなファルセット・ボーカルを披露していました。「Freedom」では、自由の女神を描いた大きな幕が下がっていたんですね。昨日は前の方にいたので、全然気が付かなかった・・・。「Hey Jude」のコーラス部分ではいつも前のスクリーンに観客が映るのですが、今日の観客は、それぞれに作ったボードを掲げている人が多く、『Anthology』で使われたビートルズのロゴのボードを持った人がアップになっていました。
そして、2回目のアンコールの「The End」が終わった後、観客の誰かが『Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band』のレコードを投げ込むと、ポールはよっぽどご機嫌だったのか、それに即座にサインして、ステージ奥に引っ込んでいきました。後にアリーナ全席に座っていた人に聞くと、その人は警備員の目を盗んでサインをもらい、それからその周辺ではサインを奪おうと喧嘩状態になっていたとか。ポールは寛大なんだけど、主催者側はやっぱり厳しいんですね。
コンサート終了したら、もう11時になっていました。場外では特にブートTシャツを売る人もおらず、前日と違って平然としていました。時間も遅くなっていたので、この日は我々も早々とロスのホテルへ引き上げました。
実は、このファン・クラブのツアー、何故か1日の自由行動時間が付いており、宮川さんや他のツアー参加者と、典型的なロス観光のディズニーランドへ行って来たのです。ついでと言ってはなんですが、ポールが1993年4月17日にライブを行った”Anaheim Stadium, Edison Field”も見に行きました。前日のコンサート会場からはかなり近かったようです。
長かった6日の旅も終わり。日本に帰国してから、また六本木の”Abbey Road”に行き、ビートルズのライブを見るという、狂ったようなビートルズ漬けの日々になりました。帰国してからいろいろと他の公演のブートを聴きましたが、ロスとアナハイムの2日間は、ポールの声の調子がかなりよく、聴き応えがありました。同行の宮川さんも、今まで見た中で一番声が出ていたとも言っていました。
最後に、ツアーに同行していただいた宮川さん、およびツアーの参加者に感謝申し上げたいと思います。
2002年8月4日(日) 後日談 |
東京ドーム 11月11日(月)、13日(水)、14日(木) 大阪ドーム 11月17日(日)、18日(月) (チケット:S席14,000円、A席12,000円) |
来日決定の関連の記事の中で、この記事に目がとまってしまいました。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20020805-00000004-sks-ent
http://www.zakzak.co.jp/top-xus/top2002080502.html
引用します。
★日本ファンの熱意が呼び寄せた来日
来日公演は当初、全く予定されていなかったという。だが、5月4日のロサンゼルス公演で起きたある出来事がポールの気持ちを変えた。どの公演先でもビートルズ時代の曲以外では次々に席を立ってしまう観客が多い中、日本からツアーを組んで来た30人ほどの観客は、最新アルバム「ドライヴィング・レイン」からの曲にも総立ちで大合唱したという。5月の連休明け、ポールは親しい日本の関係者に電話し、「今年中に日本に行きたい」と来日公演の意思を伝えた。いわば、日本のファンの熱意が呼び寄せた記念すべき来日公演なのだ。
このポール・マッカートニー鑑賞ツアーに参加した31人の想いが、ポール・マッカートニーの心を直接動かしたのです!!
1回目のアンコールの時に、「Paul, please come back to JAPAN!」というサインボードを掲げたとき、ポールがちらっとこっちをみた瞬間を思い出してしまいます。このサインボードが、ポールの心を動かしたのだと勝手に解釈しています(笑)。
ほんとに、この31人に感謝申し上げるとともに、この場にいることができて、大変光栄に思っています。
上に書いていますように、その後、黒人の体格ごつい警備員に、「ボード下げないと、つまみ出すぞ!」って言われたんですけどね(笑)。